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解説まとめニューアース2017 2章 その3

前回の記事

前回に引き続き今回も第2章、エゴの構造についてであります。

前回のラストにも書きましたが、自分の中にあるエゴの構造について あまり深刻になると泥沼にハマります。

「”もっと多く”によってエゴの自己意識が強化され、 ”より少なく”によって自分が小さくなると感じるのは、善でも悪でもない。 エゴ(エゴの構造)というだけ。エゴは悪ではなく、ただの無意識」

「エゴ(エゴの構造)を観察するとき、エゴの克服が始まる。 何でこんなものに囚われ振り回されていたのか!とビックリする。 何より、エゴは個人ではなく人類全体のもの」

と本書の100ページあたりにも書かれている通りで、 まあ適当にやればよろしいのですが、 その辺は生きていく上での苦しみの度合いで分かり、 気付き等が上手くいっている人は苦しみが少なくなります。 (あくまで私の実体験だが)

今回はモノ&所有と頭の中の声について。結構長いです。

モノ、所有

エゴには色々な「中身」があって、 それを「構造」によって自分と同一化することで 無意識で狂気な世界がはじまるのですが、

そんな色々ある「中身」のうち、 一番気付きやすいのが「モノ」「所有」でございます。

(金を含めて)何かを得たら良い気分、何かを失えばミジメで嫌な気分になり、 本書の指輪の事例にもある通り、大切にしていたものが壊れたり失くしでもしたら 人生の終わりのようになる、

さらに、(排他性を持つ)ブランド物の時計や高い車を持つと、 まるで自分が選ばれた大層な人間にでもなったかのような気分になるし、 そういうモノを持っている人を見かけたら、 まるで偉人であるかのような錯覚に陥ってしまうのではないでしょうか。

※私が引き寄せ系、特にキラキラ☆ハッピー系ビジネスを嫌悪する理由の一つは、 人々の、人類全体のこういう無意識を利用しているから。 まるで麻薬更生施設で麻薬を配布しているかの如くではないか。 まぁ「東大六郎」なんてペンネームにしている時点で私も同罪だが。

ただラッキーなのは、対象(エゴの中身)が目に見えたり触れることのできる物質なので、 実際の生活の中でも「ああ、自分はこんなものに執着しているんだな」と、 気付きの実践をすることが割合簡単にできる、ということです。

  • モノとは、形のない「生命」「エネルギー場」が一時的に形として顕れたもの。 (いずれは分散、回帰する。もちろん人間も)
  • それら形に先入観を持ち、思考や言葉でレッテルを貼る、または自分と同一化してエゴの強化に使おうとすると、 その「生命」「エネルギー」は感じられない。生まれるのは「もっともっと」という強迫観念と執着。
  • なので、モノなどの形を得れば自分が大きくなった気がするし、 失えば怒ったり自分が小さくなったと感じる。

と本書に書かれている通りで、

  • エゴが求め執着するのは、エゴが感じることのできない「大いなる存在」の代用品。 物質に執着するのは、本当は物質にではなく、「私」「私の」という頭の中にある思考(エゴの構造)に執着している。
  • 何かを失いそうになってあわてたり怒ったり不安になると、それは執着。 執着に気付けば、モノに自分を見出そうとしなければ、執着は自然に消える。
  • ただし「執着しないぞ!」も、「執着しないぞ!」に執着していることになる。

と解決策のようなことも書かれていますが、 こればかりは本を読んだだけでは分からず、

「ああそうか!」と、自分がいかにモノに執着しているか、 そしてそれがいかに無意識のパターンにハマっているか、 そのトリックに気付いてはじめて、 本書に書かれていることが理解できるのではないでしょうか。

とはいえ先程も書いたように、モノは五感で認識できるため気付きは比較的容易で、 それよりも厄介なのは、次に紹介する思考、頭の中の声の方。

性の喜びを知りやがって!

性愛の自由を剥奪しやがって!許さんぞ!

著者の体験、電車内で独り言を言っているおばさんの後を面白半分についていったら、 自分が通っていた大学の関係者だったという体験が本書には書かれていますが、 東京や大阪にもこういう人よくいます。 (名古屋や博多や札幌は住んだことないので知らない)

少し前に「性の喜びおじさん」という方がネット上で有名になっており、 私も当該動画を見て大w非常に嘆かわしく感じたのですが、

重要なのは、ああいうのを見て喜んでいる私もこれを読んでいるそこのあなたも、 無意識のうちに頭の中の声、すなわち思考に囚われていて、 「性の喜びおじさん」と大した違いはない、ということです。

  • 私が「私」を主体にして何か考えたり言ったりする場合は、大半はそれは私ではなく、 過去の経験で積み重ねられてきた精神的な構築物(自己意識、肩書、役割、堆積した価値観や知識、古い物語や体験)、 すわなち「エゴイスティックな自己(インチキでちっぽけな私)」のうちの、いずれかの側面である。
  • 殆どの人間は、絶え間ない思考の流れ(大半は無意味な繰返し)や衝動的思考に自分を完全に同一化させている。 思考と衝動に乗っ取られていて、この思考パターンやそれに伴う感情から離れた「本当の私」は存在しない。
  • 思考もエネルギーの形、一形態。頭の中で片時も止まない声。その声に関心を全て吸い取られる。 そして、その思考と付随する感情に自分を「これは俺だ!俺の考えていることだ!」と同一化し、 この世をトンデモナイ幻(インチキ)、地獄にしてしまう。

と本書にあるのですが、

上記のことが自覚できないor理解できない人は、 頭の中の声を口に出すか出さないかが違うだけで、 「性の喜びおじさん」といささかも違わず、

頭の中をグルグル回る思考と衝動に乗っ取られ、 それらに操られるがまま「狂気の世界」を生きているというわけです。

さらに恐ろしいことに、思考はモノのように五感で明確に認識できず、 当の本人たちは乗っ取られたり操られていることにすら気付いていないところが、 上で「厄介だ」と書いた所以です。

ではどうすればよいかというと、 まず言えるのは「俺は頭の中の声や衝動に囚われないぞ!」とかやっても 「”囚われないぞ!”に囚われている状態」になるので、 あまり気張ったり努力してやらない方が良いということ。

解決策は今まで通りで、 自分が上記の状態「思考と衝動、それに伴う感情に乗っ取られ操られている」状態に ただ気付くだけです。

『Stillness Speaks』の61ページにあるように、

「どうも頭の中で、私自身になりすまそうとする声がして、話すのを止めようとしない」 その「声」に気付くということは、私はもはや「声」の主ではなく、「声」を意識している主体だと気付くこと。

ということで、「頭の中で声がする、何か考えてる、それによって感情が湧いてきた」なんて気付けば、

「頭の中の声=私」という等式は崩れ去り、「頭の中の声」と「その声に気付いた私」という風になり、 思考の支配から脱出できるわけであります。

「気付く気付くって、どれも解決策が同じじゃないか!」と思う人がいるかもしれませんが、 違うのは「エゴの中身」で、「エゴの構造」は同じだから解決策が同じなのも仕方ないね(レ

「むしろエゴの構造が同じで良かった、それぞれで違ってたらエライこと」と私は思うわけですが、 長くなってきたので今回はここまで。

次回に続く>>

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