ニューアース

敵!敵!敵!

解説まとめニューアース2017 3章 The Core of Ego

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今回から3章ですが、英語のサブタイは”The Core of Ego”となっております。

「エゴの核心」だなんてご大層なサブタイですが、 要は、本来ならば言いたくもない不満を言ったり、したくもない争いをどうしてするのか、 その理由と対処法が書かれております。

「本当は不満なんて言いたくない、争いなんてしたくない」と気付いてすらいない人間が大半でしょうが、 本章をよく読み実感すれば、多少は生きるのがマシになるのではないでしょうか。

今回は、それらについてザッと書いてまいります。

「敵」を必要とする構造

最初に書いた「エゴの核心」についてですが、 P.139にそれっぽいことが書いてあり、それは以下の通り。

「全ての心の活動の核心は、繰り返ししつこく反復される思考、感情、反応パターンでできていて、 人はそこに最も強く自分を同一化している。それがエゴそのもの」

とのことで、これを読んでいるそこのあなたやこれを書いている私が、 普段から「反射的」かつ「繰返し」考えていること、感じていること、 それらがまさしくエゴの本体であり核心だということです。

(自分が普段何を考え何をしているか、 どんな反応パターンがあるのか、よく観察してみよう)

そして、そんなエゴがなぜ自分の外部に「敵」を必要とするのか、 P.140あたりから書かれているのをまとめると、こんな感じです。

  • エゴの構造による「頭が作り上げた自己」 「物質&肉体&所有物&思考&感情etc.に囚われた私」(すなわち形と同一化)を通して生きていると、 非常に不安定。形あるものは無常だから。
  • なのでエゴが作り上げた「幻の自分」を守る必要がある。 「不安定」を「確固たるもの」へと強化しなきゃいけないと無意識に思い込む。
  • 「(幻の)自分」以外の他人、価値観、コト、モノ、他人の無意識etc.を「敵」とみなし、攻撃する。 敵を批判攻撃すれば「自分は正しい、大きく優れている」と感じられるから。
  • こうして「幻の私」はさらに強化され、 形との結びつきも強化され、ますます不安定になっていく。

さらに厄介なことに、エゴは自分が置かれている状況に対しても

  • この俺様にこんなことが起きて良いはずがない
  • この俺様がこんなことをしたくない
  • この俺様はこんなところにいたくない

とかいって今および今の状況を「敵」とみなして不満を言うし、

さらにさらに、何と時空を超え、過去に起きた出来事まで「敵」にして、 それを恨みや怨恨として今に引きずってしまうのです。 (『インターステラー』もビックリだぜ)

要するに、

形と同一化して「これは俺だ!」というインチキの自分を作り上げる。

→インチキは所詮インチキだし、「形」という不安定なものに依っているので遅かれ早かれ崩れる。

→だけどインチキは「形は崩れる」ことが分からない、分かったとしても絶対に認めたくない。

→インチキに「脅威」がおとずれると些細なことでも「大変だ!」と大騒ぎし、 何でもかんでも「敵」とみなして抵抗や攻撃をする。

→抵抗や攻撃するとインチキが強化されて「これは俺だ!」がますます確固たるものとなる。 「もっともっと」が大好きなエゴは大喜び。

→インチキが確固たるものになると、 インチキに対する「脅威」「敵」も確固たるものになりエスカレートしていく。 「もっともっと」が大好きなエゴは大喜びだが、非常に苦しいし疲れるしで、たまったものではない。

という「エゴの維持」による負のスパイラルが起きているわけで、 当の本人はこのスパイラルに全く気付いていないわけです。

上品で健全な私は全く興味ないし知らないけど、ネットで変な動画を見るのが好きな人は 「まるでai○e○7○○みたいじゃないか」と、上記の状態を見て思われるかもしれません。

まさにその通りで、程度や中身の差こそあれ、 ああいう動画を見ている私たちも構造的には彼と全く同じで、 人類の殆どがその状態(機能不全、無意識)にあるということです。

「幻の自分」「インチキの自分」を守るために無意識にやっていることがさらに状況(人生)を悪化させている、 しかもその状態に気付きもしない…

これを「狂気の世界」と呼ばずして何と呼べばよいのでしょうか。

※これは血で血を洗うような闘いや罵詈雑言飛び交う言い争い等に限らず、 何となく「退屈だ」と感じ(つまり今の状況を敵とみなし)暇つぶしをする、 そして何の解決にもならない、といった日常の些細なものまで含みます。 中身は違えど構造は同じだということです。

「退屈だ」と思ったり感じたりしているのは、一体誰でしょうか?

「役に立たない」と気付く

それでは、こういった「狂気の世界」から抜け出すためには、 一体どうすればよいのでしょうか。

ここまで読んできた賢明な読者の方々ならお分かりでしょうが、 抜け出す方法はただ一つ、「気付き」「自分で自身の状態に気付くこと」です。

別にインチキセミナーに出席しろとか、 お布施をしなけりゃならないとか、そういうのではありません。

3章から気付きに関する箇所を私なりに抜粋すると、以下の通りになります。 (ページ数は電子版。紙媒体はその半分)

  • P.148:何かに不満や恨みを持ったとき、頭の中の声に気付けるか、 ただの「古い条件付けされた思考パターン」だと気付けるか。 気付けたら、その気付きこそが「私」であり、古い思考パターンは気付かれる度に衰えていく。
  • P.152:過去の他人や状況への恨み、怨念に対しては、まず、恨みを生かし続けている古い思考パターンがあり、 それに伴う感情があることに、気付く。取り繕わず、自分に正直になって、何かを「敵」とみなしていることに気付く。
  • P.152:不満や恨みの思考パターンや感情を捨てようとか許そうとしても無駄! 不満や恨みの思考パターンは「インチキの私」を生かし続ける以外には何の役にも立たない!と気付いたとき、自然に消える。 過去は私に何の影響も与えない。過去に対して抱く「お荷物的思考」が影響を及ぼす。
  • P.173:闘いは心の癖。「俺は正しい!あいつ(エゴ&ペインボディ含む)は悪だ!排除しなきゃ…」 →エゴは満足するが、世界はどんどん悪化する。 エゴの構造をありのままに、人間の心の集団的機能不全として認識する。 誰もが同じ心の病に苦しんでいると気付く。
  • P.176:私の中には争いを望む何かがいる。「俺は絶対に正しい>>>>平和、安らぎ」と考えている何かがいる。 (これなんかは黒澤映画『乱』のラストシーンにて平山丹後が言い放った台詞そのままで、 こういうのが個人的なものではなく人類全体のものだということがよく分かる)
  • P.177:エゴが闘っているとき、そこで生き延びる為に闘っているエゴは、ただの妄想インチキにすぎない。 エゴの構造が「オレ(エゴ)こそ”私”だ」と考えている。 エゴの構造から解放される為に必要なのは、エゴの構造に気付くことだけ。

以上のような内容ですが、こんなの読んで頭に入れても知識が増えてエゴが喜ぶだけであり、 自分で「今の状態」に気付かない限りはどうしようもありません。

ただ、「気付く」といっても「よ〜し気付くぞぉ!!」なんて気張らず、 いつも通りの日々を過ごす中で 気楽に適当にやればよろしいです。

例えば「不満で欲求が叶うわけでもないのに、一体何で俺は不満を感じているんだろう」とか 「俺はキラキラ☆ハッピー系をクソミソにけなして、俺こそが優秀で正しいと言おうとしているなあ。 こんなの何の役にも立たないのに。大体向こうからしたら、俺なんかは”倒すべき絶対悪”なんだろうなあ」とか、 こんな適当な感じで充分です。

できるならそういう思考や感情が浮かんできた瞬間に気付くのが理想だけど、 冷静になった後に振り返って「ああ、何の役にも立たないなあれは」 とかでも良いと思います。

大抵の人間はそれすらせずに毎日毎日地獄を繰り返しているので。

以上、今回はここまで。

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