「今」とはストップモーションではない

変化のことである

「今に意識を向ける」の意味

引き寄せとか願望実現とかのスピリチュアル系よりランクが上の (少なくとも私はそう考えている)いわゆる「悟り系」の本には、 「今に意識を向けなさい」「今に集中しなさい」などと書かれております。

さらに「今をありのままに(!)受け入れなさい」 などとも書かれており、これを読んだ当時の私は 「今と和解すればいいんだな」と浅はかに考え、その旨を記事に書いたりもしました。

しかし、実践することは文章を理解するより何倍も骨の折れることで、 「今と和解しよう」なんていっても、 株価が下がれば頭にくる、ババアがノロノロ運転していれば頭にくる、 会社で使えない人間を見ると頭にくるで、ちっとも実践できておらず、 それより何よりも 「”今に意識を向けろ”とかいうけど、”今”って何だ?」 という思いにずっと駆られていたのです。

「今」とは変化の場

そんなこんなで、ある時ふと気付いたのが、 「今に意識を向ける=今の”変化”に意識を向ける」 ということ。

「今」という場は、タイムストップで止めたり 写真で切り取ったような、静止した場ではなく 常に変化している全て、万物を含めた(内在した)場のことなのだと、 やっとの思いで気付いたのでした。

なので「今」という場において、変化していないものは無く、 その「変化」に意識を向ければよいのです。

たとえば、風、木の揺れ、川の流れ、鳥の鳴き声のような自然のもの 音楽、ネオンサイン、電車や車の音、自分の思考、感覚…

何でも良いので、対象「それ自体」に意識を向けて 写真を撮るように凝視するのではなく、 対象それ自体の「変化」に意識を向けて観察してみると、 結構簡単にいくということが実感できます。

※『シッダールタ』でシッダールタが意識を向けた対象も川の流れでした。 あと、自分の行動に意識を向けると「ヴィパッサナー瞑想」になります。

感情の変化を観察

感情ひとつにしても、「今」という場において、 上がったり下がったり回ったりと、 様々に変化していることが分かり、 「その変化自体には、良いも悪いもヘッタクレもない」 ということに気付くことができます。

おそらく、瞑想や座禅といったものも、 五感から入ってくる情報をできる限り遮断して、 自分が考えていることや感覚や感情などの"変化"を 観察することが目的なのではないでしょうか。

「こんなの、”今に意識を向けよ”じゃなくて、 ”今の変化に意識を向けよ”ときちんと書けよ!」 などと思ってしまったのですが、 読解力が足りなかったために、やけに遠回りしてしまった 私の反省記でございました。

<追記>
というか、何で「今の変化に意識を向けましょう」と ストレートに書いてある本がひとつもないのでしょうか? もしかすると『Power of Now』とかには書いてあるのかもしれませんが、 色々と歪曲された日本語訳になっているので、 少なくとも私がサッと読んだ限りでは見当たりませんでした。

<追記2>
ここに書いたことはあくまで私が実感としてしっくりきたことで、 本当は違うのかもしれません。

ただ、いくら「悟りを開いた」と自称する人たちから 「今に意識を向けるとは、今の瞬間を写真のように切り取ることだ!」 などと言われたとしても、私はこれで良いと思っているので、 全く聞く耳を持ちません。

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