家畜が読むドラッカー本

ドラッカーはクソ

家畜の価値観から抜け出す

前回、 私的な価値観から日本に対するネガティブなことを散々書きましたが、 私の価値観と逆の価値観を持つ人...

つまり、自分で考えて1人で行動するのが嫌いな人や、 集団で団子になって行動するのが大好きな人にとっては、 ムラ社会日本は正にパラダイスでしょう。

私はそういうパラダイスの人たちを改心させてどうこうしようとか、 日本をスクラップ&スクラップにしようとかは考えてないです。 そんなことしても、他人を変えることはできないし、疲れるだけです。 みんな好きに生きていけばいいんです。

でも、何となく「生き辛い」「生きるのが苦しい」と 思いながら生きている人はいるでしょう。 そういう人たちは一体どうすればいいのか? 私が実際にやってみた、2通りの方法を挙げてみます。

生きるのが楽になる2通りの方法

(1)家畜の価値観に染まる

嫌々仕事をしていた私は、 「仕事を好きにならなくちゃいけない!それが真っ当な社会人なんだ!」 という強迫観念と、 「何でハシタ金の為に毎日12時間も拘束されなきゃいけないんだ」 という意識とのせめぎ合いの間で苦しんでいました。

当時はまだ「仕事を真面目にしない人間は、人間にあらず」という価値観を持っていたので、 真面目な仕事人間になるために「仕事万歳!」という趣旨の本を読みあさっていました。

具体的には 「ドラッカーのプロフェッショナルの条件」とか 「やる気コンサルタント○○の、仕事が好きになる方法」とか 「伝説のサラリーマンになれ!」とか 「仕事が好きになる15の法則」とかを読んで、

「う〜む、“何のために仕事をするのか真剣に考えよ”か、ためになるなぁ」 「“仕事に対して真摯であれ”か、ドラッカーは良い事言うなぁ」 と感心し、本の内容をまとめたり、良いと思った箇所を抜粋して壁に貼ったりしていました。

その結果…何も変わりませんでした!!

相変わらず「本当にこんなんでいいのかなぁ?」という疑問を浮かべつつ 「真面目に仕事しなくちゃ」と自分に言い聞かせ、嫌々仕事をしていました。

今思うに、私が生きるのが苦しかった理由は、 家畜の価値観「仕事を真面目にして他人から認められなければまともな社会人じゃない」 人間の価値観「他人の為に時間を拘束されて、家畜や奴隷みたいに働きたくない」 という対立する価値観が、当時の私の中にあったからです。

ドラッカーみたいなケツ拭き紙にもならない糞本や、その他有象無象「程度」の思想じゃ、 私の中の人間としての価値観を変えられなかったということです。

というより私の場合、人間の価値観の方が優勢だったにもかかわらず、 家畜の価値観を無理やり詰め込んでいたのが、そもそもの失敗の元だったのです。 私の場合、家畜の価値観に染まることに失敗したのですが、 中には家畜の価値観の方が優勢で、 家畜の価値観を受け入れるのにしっくりくる人がいるかもしれません。 一旦、家畜の価値観に染まってしまえば、それはそれで生きることが楽になるし、 こちらの方が、もう一つの方法よりもはるかに簡単だと思うので、 かつての私の様に、家畜と人間との間で苦しんでいる人は、試してみたらいかがでしょう。

特に、私の様なインテリ気取りの人に対しては、効果抜群かもしれません。

(2)家畜の価値観を消す

ドラッカーやその他大勢の本を読んで上手くいかなかった私は、 「あ〜何か他に良い方法はないかな〜。 仕事を好きになる方法、仕事を好きになる方法…」 と、まだ性懲りも無く家畜の価値観に染まろうと考えていました。

で、仕事中に「真面目に仕事しなきゃ」という焦りと罪悪感を感じながらも ネットサーフィンをしていたのですが、 「働く意味」でGoogle検索していると、 とあるサイトを見つけました。

「なんだこりゃ?」と思いながらも、読んでみると... 今まで見てきた「がんばろう系」の仕事観とは、全く違ったことが書かれていました。 そして、今までの「周りから認められるよう真面目に仕事をしなきゃ」 という家畜の価値観に亀裂が走り、 「ああそうか!俺が本当に求めていたのは、 仕事を好きになる方法じゃなくて、これだったんだ!」 と気づいてしまいました。

で、私なりに自分の心理状態、価値観について分析を行ったところ、 「頭を使うこと自体は嫌いじゃない、というか好き」 「朝7時に起きて時間通りに職場に行き、12時間拘束されて家畜みたいに働かされることが嫌い」 「勉強自体は嫌いじゃなかったのに、家畜養成所と化していた小学校〜高校が大嫌いだった」 「経営者どもに楽させる為に、働くのが嫌い」 「時間を拘束されるのは嫌だが、目先の安定と金が無くなることへの恐怖で、 スカッと辞められない」 というようなことを、ずっと心の奥にしまい込んでいたことが分りました。

それが“実感”として分ると、私の家畜の価値観が、 ガラガラと崩れていきました。

家畜の価値観が無くなると、職場の朝礼で 「品質に注意し、お客様の満足が云々」 と部長が熱弁してても、 「あ〜皆さんご苦労なこったよ。会社なんて幼稚園児の “ゴレンジャーごっこ”や“仮面ライダーごっこ”と何も変わらないなあ。 自分達でどうでもいい下らないルールを勝手に作って、それに皆でヘイヘイ盲目的に従い、 少しでも輪から外れるヤツがいれば皆で叩いてら」 と心底思えるようになったり、 真面目なフリをして仕事をサボることに、何の罪悪感も感じなくなってしまいました。

家畜の価値観を持つ人の視点からすれば、以前の私は 「底辺から這い上がってきた優秀な東大卒」「努力の天才」 といった感じだったのですが、 価値観を変えてしまった現在の私は 「社会のクズ」「怠け者」「ダメ社員」「中二病」「元の木阿弥」 といった風に見えるようになったと思います。

でもいいんです。 家畜の価値観を捨てたほうが、私自身の気分は良いですから。 もはや、私にとって周囲の目はどうでもいいものになってしまいました。

さらに自己への分析を進めたことで、今まで私を苦しめてきた 自分自身の劣等感や強迫観念と向き合うことになるのですが、 それはまた別のお話。

現実を広げてみて

上記のことを実感した後、私の現実は広がり、世界観が変わりました。

家畜の価値観を抜け出した次は、家畜の生活から抜け出そうと 人生計画を立て、その計画を実行できるようになりました。 自分の内面が変われば、今まで恐くてできなかったことを実行するのも 結構簡単なものです。

これを読んでいる人は、 「そんなことで価値観が変わるなんて、単純だ」 「そんな簡単なことにも気づかなかったのか?」 と思われるかもしれませんが、 「ただ頭で理解する」のと、 「体全体で実感、実際の感覚として分る」 のとは全然違います。

さらに、実感できるキッカケというのは、どこにでも転がっていたり、 わりと単純なものだったりします。 私は、自分の現実を広げるためにはどうすればいいのか 苦しんだり、迷ったりしながらも暗中模索し続けてきました。 そしてその結果、その辺に転がっていたキッカケを掴んで、 現実を広げることができました。

大事なことは 「なんでもいいからやってみる、 何かを発見するまで失敗してもいいからやり続けてみる」 ということです。

そうすれば、今の日本で「生き苦しさ」を感じている人も、 自分の現実を広げる何かを見つけることができるでしょう。

疑問や生き苦しさを感じながらも家畜の人生を歩むのもよし、 私みたいに家畜の人生から脱出しようともがくのもよし、 人の生き方は人それぞれでいいんだと、私は思います。

<追記>
「家畜の価値観が無くなった」と文中には書いていますが、 今現在(2012年当時)まだ残っているみたいです。 退職「届」を書いて、上司に持っていこうとしたら、 心臓が高鳴り、足が震えだしました。 完全に消すことは無理だとしても、数%くらいには 薄めたいと試行錯誤しております。

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