他人と比較すると死ぬ

理想の自分と比較しても死ぬ

他人と比較しない

勉強、特に受験勉強のような相対的な評価で結果を左右される勉強においては、 ついつい自分と他人と比較してしまいがちです。

また、勉強に限らず日常生活でも 自分と他人を比較して、そのたびに「やった、勝ってる」 「ちくしょう!なんであいつに比べて俺は…」 などと一喜一憂してしまいがちです。

人間が生きていく上で自分と他人を比較してしまうのは、仕方の無いことだとは思うのですが、 人生を左右される局面に置かれた時、なるべく自分と他人を比較しない方が 良い流れにもっていけるのではないか、と私は最近思っています。

以下、私の例で説明いたします。

東大受験時の私の例

東大目指して勉強し始めた当初の私は、周りと比較する暇もないほど 勉強に人生を捧げていたのですが、夏を過ぎると基礎も完成しつつあり、 少しは余裕ができて、そのせいで余計なことを考えるようになっていました。

Z会の上位成績者一覧を見たりすると、 「東大を受験するってったって、周りの受験生は開成とか筑駒とか 頭の良い高校ばかりじゃないか。しかもみんな現役で合格するっていうし。 それに比べて俺は、地方のヘボ公立を出て、6年間フラフラしていた身分だ。 これで本当に東大なんて受かるのか。こんな勉強してても、全部無駄になるんじゃないか」

という思いが波のように襲ってきて、やっても無駄なことはやりたくない主義なので、 途中で受験勉強なんてやめようかとも思ったのですが、 よくよく考えてみるとニートの私が東大に落ちて失うものは何もないし、 落ちたら落ちたで最悪死ねばいいだけの話だし、 まぁ残り少しだから余計なこと考えずにやってみるか、ということで…

他人と比較するなんてのはやめました。

「他人と比較するな!昨日の自分と比較しろ!」とかいう言葉もよく聞きますが、 「昨日は真面目に勉強したけど今日は気分が乗らなかった」ということが 私の場合は多々あったので、過去の自分と比較することもやめました。

他人との比較をやめ、問題を解くことだけに集中していると、 学力が徐々に東大レベルに近づいていき、12月のZ会東大国語で ついに私も成績上位者に載ることができました。

結果、センター本番で615/800点をとっても ブレることなく東大を受験し、最後まで問題を解くことだけに焦点を合わせた結果、 東大に合格することができました。

この時「自分を他人と比較する」ことが何と無益なことか、 周囲の雑音にとらわれず、目標だけに焦点を合わせれば道は開けることを、 実感して学びとれば良かったのですが、劣等感の塊で根がニートな私は 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で反省などせず、キレイさっぱり忘れて 大学生活をエンジョイしてしまったのです。

サラリーマンになってからの私の例

大学3年生から就職活動を始めるなんて全く知らなかったし、 そもそも働くのが大嫌いな私は、4年生の4月からしぶしぶ就職活動を始めました。

4月中旬になると研究室の友人たちは、 みな東証一部上場企業に内定を決めており、 まだ就職活動が決まっていないのは私くらいのものでした。

「ああ〜働くの嫌だ〜、かといって無職で飢え死にするのも嫌だ〜」 と思いながら銀行や商社や不動産会社を受けたのですが、 対人恐怖症の気がある私がそもそも面接で上手くいくはずがなく、 30社以上受けて全部落とされました。

今思い出してみると、私の根底に「働きたくな〜い!」という絶対的な価値観があり、 面接中にもそれが体中から噴出していたから、対人恐怖症以前の問題だったのですが。 ヤバいと感じた私は真面目に就職活動を行うようになり、 5月中旬からは製造業も受けてみようと考え、 大阪にある大証2部に上場している会社を受けたところ6月中旬に内定をもらえたので、 そこに行くことになりました。

何とか就職先が決まり、これで一件落着かと思いきや「就職四季報」とかで、 私の就職先と周囲の友人たちの就職先の平均年収を比べたら、 1.5倍〜2倍の開きがありました。

更に、周囲の友人たちはテレビ局とか証券会社とか一流メーカーなど、 名前を聞けば誰もがうらやむような、有名企業に就職を決めていたわけです。 「文学部は良い所に就職できない」と、無知な凡人たちは妬み半分思っているようですが、 文学部は文学部でも東大文学部は、少なくとも私以外はそんなことなかったのです。 最低でも地方公務員といった感じでした。 (そんな俺も今では年収850万円だけど)

周囲と比較して圧倒的な差を見せつけられた最低未満の私は、 卒業して大阪の会社に就職してからも、自分が元ニートであることを棚に上げ、 「何で俺だけこんなヘボ会社なんだ」 「苦労して東大に行った意味無いじゃないか」 「こんなザマになるなら、東大なんて受からなきゃよかった」 などと、物心付いた頃から人一倍強かった劣等感に苛まれ、 それを鎮めるために、毎晩ヤケ酒を飲んでいました。

毎日襲ってくる劣等感に段々と耐え切れなくなり、 このままだと死んじゃうから転職しようと考え、 リクルートエージェントを使って転職することにしました。 (参照:仕事体験記)

当時の私は、 「友人たちと同じように東証一部上場の会社で、 給料の良い会社に入るんだ!」 という執念のもと、東大受験の時と同じくらいのパワーを出し、 半年後、ニート生活を送っていた地である京都にある東証一部上場のメーカーに入社しました。

提示された給料もそこそこ良く、 「これで俺の人生バラ色!!」 という風になるかと思ったのですが… 京都の製造業、特にハイテク関連はどこもブラックなのでした。 それを当時の私は全く知りませんでした。

確かに給料は上がったものの、残業代が一切出ず、 仕事が終わっても最低20時半くらいまでじっと座ってなければならないような会社でした。 有給はもちろん、休日出勤した代休すらとれない会社でした。 給与は1.5倍程度になったけど、 ストレスは前職の10倍以上溜まるようになりました。

社員がストレスを溜めて必死に働いている反面、 社長は「誰も残業しろとは言ってないぞ」と言いながら残業を強要し、 会長は「会社は公器」と口先では言いながら 会社の経費を使って(経理だから分る)祇園で遊んでいる、そんな一部上場企業でした。

もうストレスが溜まって溜まって… ストレスで精神をやられてきた私は、貯金250万円を全部下ろして 神戸の新開地で拳銃を買い、毎週水曜日にある役員会に乗り込んで、 会長以下役員全員をぶっ○してやろうと毎日考えるようになりました。 (2015年追記:たった250万円しかなかったのか6年前は!)

この計画を実行に移そうとした矢先、山奥にある子会社への左遷命令が下されました。 拳銃を買おうとした金は、車を買う金になりました。 山奥で田舎暮らしをしていると、景色はいいし空気はおいしいし、 溜まりに溜まっていたストレスも徐々に消えていきました。 ストレス解消の為に飲んでいた酒も、殆ど飲まなくなりました。

しかし、もうこんなブラック企業にいるのが嫌だったので 再びリクルートエージェントを使って転職をすると、 面接時に社長と部長におだてられて、 地元では有名なブラック企業、犬も寄り付かないような現職にホイホイ入社してしまいました。 劣等感の塊である(あった)私は、おだてられるのに弱いのです。

もちろん上場などしておりません。 同族経営で独裁経営の最低の会社です。 この山奥で転職活動をしている時、ストレスは減っていたのですが、 冷静な判断力は戻っていなかったようです。

そんなこんなで、世間様が祝日でお休みの日にも、大卒初任給と変わらないハシタ金の為に しぶしぶ働かされる毎日を過ごしておりました。 その後、ニートの時と同様に失うものが何も無くなった私は、 前に書いたとおり、家畜の価値観を捨てることで気楽な毎日を送れるようにはなるのですが…

2つの事例から分かること

というわけで、長々と自分語りをしてきたわけですが、 今振り返ってみると、就活から最近(2011)までの私はまさに泥沼状態でした。

名門校とニート、元々東大入学時のスタート地点で違っていたのに、 それも分らず周囲と自分とを比べてしまい、 「周囲の友人たちと同じくらいの身分になろう」ともがいてもがいて、 そのままズブズブと沼に引き込まれていったという感じがします。 その結果、職場環境の良かった大坂の会社を辞め、 給料の良かった京都の会社も辞め、山奥で 犬も近寄らないブラック企業の社員という身分を手に入れました。

風の噂によると、京都の会社には最近労働組合ができたみたいです。 従業員の皆さまおめでとうございます。 会長以下役員の皆さま方は射○されなくてよかったです。 更に他人と比較していた頃は、ニュースで「大企業、夏の賞与平均70万円」とか見ると、 妬みと劣等感で死ぬ思いをしていた覚えがあります。

家畜の価値観が抜けた現在では「あっそう」で済ませますが、 大学卒業してから最近までは、他人との比較の毎日だった気がします。

一体何と戦っていたんだ…と今では思います。

というわけで、自分と他人とを比較するのはやめましょう。 これほど無駄なことはありません。

あと、私の事例を読んで勘のいい方なら気付かれたと思うのですが、 失うものが無くなると人間「火事場のクソ力」が出るみたいなんで、 何か目標がある方は、地位とかプライドとか、下らないものを全部捨てて、 目標に向かって邁進すればよいと思います。 (負け犬ほどプライドが強い。それが成功の妨げになっていることに何故気づかん、ということ)

<追記>
「他人と比較するな」などと偉そうなことを書いていますが、 人間である以上、自分を他人と比較するのは、 ある程度仕方のないことだと思います。 どうしても相対評価でしか、自分の状態を理解できない場合もあります。 私が上の文章で述べたかったのは、比較自体悪いことではなく、 他人と比較することで、嫉妬や自己嫌悪などの、 生産性の無いネガティブな感情を起こすのを止めた方が、 人生楽に生きられますよ、ということです。 感情や心理関係の記事は、書くのが難しいです。

まとまりがない文章になりましたが、続きはこちら>>

<2015年追記>
長いな!!!

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