何のために勉強するのか

手段というより目的

勉強をする理由

「良い大学→良い会社」で幸せになれるか?

大人が子供に勉強を強要する時の常套句に、

「勉強しないと良い大学に行って良い会社に入れないよ!」 「良い会社に入れば、給料が沢山もらえて幸せになれるんだよ!」

というものがあります。

「机上での勉強→良い大学→良い会社」 という人生の定石は、数十年前から「もう古い」と マスメディア等で煽られつつも、いまだに続いていますし、 親の誰もが子供に歩ませたい道だと思います。

事実、私の研究室の友人たちは皆、NTTやテレビ局、一部上場メーカー といった、いわゆる「良い会社」に就職していきました。

ニートから東大に入り、社会の底辺から上の辺りまで 色々と見てきた私としては、 「良い大学→良い会社」 という定石を別に批判するつもりは無いですし、 東大生は優秀だということは、身をもって知っているので 社会の発展だけを考えれば、むしろ今よりも「良い大学→良い会社」 のつながりを強くした方が良いと思うくらいです。

ただ… 「そこそこ良い会社」に入り、地方公務員並のダレた生活をしていた 私としては、「良い会社」に入ったからって、世間で言われている程に 「幸せになれる」とは断言できないのです。 せいぜい、「飢死しなくて済む」程度のものでしょうか。 (重要なことだが)

これは「良い会社」に入れなかった負け惜しみではなく、 本当にそうです。

詳しくは、「仕事体験記2」を読んでいただければ分かるでしょうし、 東大卒業後に「良い会社」に就職した友人たちに会っても、 みんな職場や仕事の不満しか言いいませんでした。 「本当に自分がやりたいこと」をやっているのなら、 不平不満なんて出ないと思うのですが、どうでしょうか。

さらに、巷で言われている 「勉強しないと良い大学と良い会社に入れないよ!」 「良い会社に入れば、給料が沢山もらえて幸せになれるんだ!」 という常套句は、あまりにも視野が狭すぎると思います。

私に言わせれば、良い会社だろうがブラック企業だろうが、 環境の良し悪しこそあれ、「家畜は家畜」です。

「飼い主」である経営者様の腹を太らせる為に、 自分の、一度しかない人生を犠牲にして苦しみ、 その犠牲と苦しみに全く釣り合わないハシタ金を 「給料」として受取り、その給料について 一喜一憂したり右往左往したりする様は、 まさに「家畜(社畜)」の生き方そのものです。

確かに現在の小中高校では、校則、集団生活、部活など 「家畜になるための勉強」しか教えていませんし、 その中で学んでいけば、家畜の価値観に染まって 家畜な自分に喜びを見出す人も大勢いるでしょうが、 「家畜になるために勉強する」だなんて、 あまりにも悲しすぎるじゃないですか。

あなたは、もっと自由を望んで良いのだし、 また望んで自由になるべきだと私は思うのですが、いかがでしょうか。

ここまで読まれた方は 「じゃあお前は何の為に勉強しているんだ」と言われるでしょうから、 以下、私のケースを年代別に、順を追って書いていきます。

私が勉強する理由 年代順

@「恐怖」 小学生時代

小学生の時に勉強する最大の理由は、 ただひたすら「親に怒られるから」でした。 これは説明するまでもないでしょう。

「親に怒られる」は、全ての小学生に共通する勉強の理由でしょうが、 それに加えて、当時の私のクラスでは、 頭の悪い奴が「イジメの標的」にされるという とんでもない慣習があったのです。 (国立附属だったからね)

逆にいえば、私のようなブサイクのモヤシでも、 勉強さえできれば、イジメを受けずに済むのです。 これは勉強しないわけにはいかないでしょう。

というわけで、小学生時代の私は 「親に怒られる恐怖」と「イジメを受ける恐怖」という、 2つの恐怖から勉強をしていたのでした。 冒頭の「良い大学、良い会社」という理由と 似たり寄ったりの、最低な理由だと今では思いますが、 猿に等しい小学生が勉強する理由なんて、その程度のものでしょう。

A「恐怖」と「カッコつけ」 中学生時代

中学校に入学すると同時に、親や周囲から 「○高に入れ○高に入れ」と繰り返し脅迫されました。 ※○高とは、私の故郷にある“戦前は優秀だった”進学校。 現在は落ちぶれているが程度の低い県内ではトップ。

何度も言われ続けていると、 「○高に受からなければ人間じゃないんだ! 絶対に受からなきゃいけないんだ!」 という風に洗脳されていきました。

洗脳された結果、中学生時代の私は 「○高に落ちて、人生が終わる恐怖」と 「○高に受かって、周囲からチヤホヤされること」 という、「恐怖」と「カッコつけ」の為に勉強をしていました。

中学生ともなると、本当に頭の良い人間は、 「学校=家畜養成所」という真実に気付き、 そこから脱出するための何らかのアクションを 起こすと思うのですが、 そんなことに気付きもしない猿同然だった私は、 「恐怖」と「カッコつけ」という 相変わらず最低な理由で勉強していました。

結果、○高に合格し、人生バラ色となるはずだったのですが、 小学生の頃から家畜の生活を強いられてきたツケが、 とうとうまわってきたのです。

B「無し」高校生、一度目の大学生、ニート時代

勉強する理由など「無し」です。

というか、もう勉強なんてしたくなかったので、 勉強することを放棄している形となりました。

いや、今思えば、幼稚園の頃から本を読み漁っていた 私にとって、「勉強そのもの」は嫌いではなかったのです。 部活や時間厳守、校則などでがんじがらめに縛られた 「集団生活」に対して、体が限界に達し、無意識のうちに 学校に関するもの全てを拒絶していたのです。

別にイジメを受けていたわけではないのですが、 決まった時間に起床して学校に行かされ、 我慢して机に長時間座らされて、 程度の低い大学の程度の低い学部しか出ていない先公のつまらない話を聞かなければならないことは、 私にとってはそれが「イジメ」以外の何物でもなく、 「学校教育にイジメられている」という感じでした。

加えて、親に怒られても大して効かなくなった というのもあったと思います。

私には、そこら辺の常識を持った一般人みたいに、 家畜生活の中で喜びを見出すような芸当はできなかったのでした。

そんなこんなで、社会が私を苦しめるのなら、 私も社会を拒絶しよう、ということで ニートになりました。

C「怨念」と「必死の思い」 東大受験時代

生まれて初めて、親や周囲から言われるのではなく、 自分から勉強をしたのが、東大受験の時でした。

その目的、というか動機は 「俺をこんな風にした学校教育に、目に物を見せてやる」 という逆恨みに近い「怨念」と 「東大に入って人生をガラリと変えたい!」 という「必死の思い」でした。

なぜ、ニートから脱出するのに東大だったのか? それは、東大合格以外に人生変える方法を、 当時の私は知らなかったからです。

今なお、ニートで東大合格を目指す人が多いのも、 そらく「他に人生変える方法を知らない」 からではないでしょうか。よぐわがんないけどね。

D「現実を広げる」 東大生時代

東大に合格して、リミッターが外れたのでしょうか、 私の頭は凄い勢いで良くなっていきました。 (当社比800%くらい?)

自分の世界、自分の現実を広げるために、 色々な本を読んだり、勉強をしました。 が、「世界、現実を広げる」という目的の割には 机上の勉強が殆どで、フィールドワーク不足でした。 これは今でも、少し反省しております。

さらには、自分を長く苦しめてきたものの正体が 掴めないままでした。 ミシェル・フーコーの『監獄の誕生』の内容を 倫理学の授業で聞いていたのですが、 我が身に降りかかっていることだとは思わず、 他人ごとのように聞いていました。

それでも、東大で色々やったことは 私の世界、現実を広げることに成功し、 現在の私にとって、かなりのプラスになっています。

E自由に生きるため 現在

東大を卒業し、小中高校、いや刑務所と同じような 「会社」という集団に投げ込まれた私は、 小中高校時代と同じ苦しみを味わうことになりました。

散々苦しんだ挙句、死のうかとも思ったのですが、 今までやってきたことが役に立ち、様々な価値観を 身に付けることができるようになりました。

現在は自由に生きるために勉強をし、家畜の生活から脱出しつつあります。 定年まで会社に通い続けなくても生きていけることが、 やっと分かり始めたのです。

まとめ

長々と私の半生を書きましたが、 年代ごとで、勉強の目的が変化していることに 初めて気付きました。

しかし酷い人生ですね。 書いてて嫌になってきました。 過去の事を思い出すと、どうも意識が混乱してしまいますが、 人間が混乱しながら書いた文章なんて、どのサイトにも 載っていないと思うので、参考のために載せてみました。

それはともかく、まとめです。

「何のために勉強するか?」に対する、現在の私なりの結論は 「人生における選択肢を増やすために勉強する」 ということです。

机上だろうと実地だろうと、勉強し続けていれば、 新しい価値観、新しい知識、新しい物の見方が身に付き、 中学校時代の私のように、「○高落ちたら人生終了」のようなことも 思わなくなりますし、会社員という名の家畜になる以外にも生きる道が あることに気付きます。

更に良いことに、人生のあっちにもこっちにもチャンスが転がっていることに 気付けるようになります。

これは私の経験から、私の考えで導き出した現在の結論なので、 全ての人に当てはまるとはとても思えませんが、 「何のために勉強しているのか、いまいち分からん」 という人は、これを参考にちょっと考えてみれば良いですし、

もし子供を持っている人がこれを見ているなら、お子さんに 「勉強しないと良い大学、良い会社に入れないよ」 の代わりに 「あんた!勉強しないとずっと家畜のような下らない人生だよ!」 と言ってみてはいかがでしょうか。

<追記in2015>
はえ〜、すっごい感動的(自画自賛)。 年収とか環境とか内面とか、色々余裕がある現在となっては、 こんな血を流しながら書くような記事はまず書けないんじゃないか。 今のモットーは「適当にダラダラやるぜ」だし。

次回に続く>>

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