定年後に何をする?

好きにすればいい

定年後の勉強

今回は、長きにわたるサラリーマン生活を終えた方々の、 現代日本でいうところの「団塊の世代」くらいの方々の勉強についてです。

若い頃から周りに流されず、独立して働いていらっしゃった方は、 自立心も自律心も旺盛でしょうし「自分の人生の良し悪しは自分次第」 ということを理解されているでしょうから、ここでは触れません。

というわけで、 リタイアされた皆様、長い間おつとめお疲れさんでした。 皆様は学生時代、ちょうど東大を卒業した頃の私のように、 「周りがそうしているから」という理由で周りに流されるまま会社に就職し、 家族や生活のこと等を考えながらも、仕事を適度にサボったりしながら 30〜40年間を過ごされたのではないでしょうか。

もちろん、そのような人生に文句をつける資格は私に無いですし、 普段サラリーマンのことを家畜だ何だと散々コキ下ろしている私ですが、 たとえサボりながらだとしても、30、40年も同じことを続けるというのは、 並大抵のことではなかったと思います。 実際、並大抵のことではないでしょう。

ただ、定年された方の中には“仕事”という生きがい(!)を無くし、 「退職してやることがない」と思っている人や、 自分の人生を振り返り「俺の人生何だったんだ」と思っている人も、 少なからず存在すると思います。

60〜80、はたまた90代の方がこのサイトを見ているかどうか 見当もつきませんが、そういう人へ向けた私からのメッセージでございます。

過去か未来か

まず、「やることがない」と思っている人。 貴方は本当に「やることがない」と思っているのでしょうか?

「この先短いので、新しいことを始めても無駄」 「やりたいことはあるけど、自分はもう年寄りだから無理」 などとは思っていないでしょうか?

そのように思っている人は、 「何を根拠に」そんな風に思っているのでしょうか?

伊能忠敬、カーネル・サンダース、グランマ・モーゼス… パッと思い付くだけでも、人生の終盤から大成した人は存在するのに、 どうして「自分には無理」などと考えてしまうのでしょうか。

もしかして、 自分のこれまでの経験から考えて「無理」だと判断しているのでしょうか?

それならば貴方は、年齢だけでなく、心も「老人」です。 今までの自分の経験を考えて、可能か無理か判断するのは、 「過去にとらわれている」という証拠です。

また、「俺の人生何だったんだ〜」と定年後の日々を 過ごしている人も同様に「自分の過去にとらわれている」人です。 「過去を変える方法」はあるのに、です。

過去のことは過去のことで置いといて、 「未来」と「可能性」に意識を向けてはいかがでしょうか。

上に挙げた3人は、それぞれ56歳、62歳、75歳の時から 新しいことを始めました。 (グランマ・モーゼスなんて、動かなくなった手のリハビリのために 絵を描き始め、結果1600点にわたる絵を描いた)

彼ら3人に共通することは、 「過去や不可能ではなく、未来や可能性に意識を向けていた」 ということではないでしょうか。 (ちなみに、ゲーテが「ファウスト」を書いたのも80を過ぎてからですし、 作家の瀬戸内寂聴さんも、90歳を過ぎてもまだ徹夜で原稿を書かれています)

「私たちは暦によって年をとるのではなく、 日常の出来事やそれに対する心の動きで年を取る」 という言葉があります。

過去を振り返るのではなく、未来に意識を向けると、 自分の可能性や、自分が本当にやりたいことが見えてきます。 そして、意識が徐々に変化してくると、行動も少しずつ変わっていくのです。

行動が変わると、家族や周囲から 「このジジイ、ついにボケやがった」とか 「ババアが無理しちゃって」などと思われるかもしれません。

でも、思われたら思われたでいいじゃないですか。 貴方が幸せな気分で、自分が本当にやりたいことをやれば それでOKなのです。

また、 「自分がやりたいことだけやったら、バチが当たる」とか 「自分の好きなことだけやっていたら、地獄に落ちる」 とか思われる人もいるかもしれませんが… 地獄も極楽も、貴方の心の中にあるのです。

貴方が「地獄だ」と思えば、現世でもあの世でも地獄ですし、 貴方が「極楽だ」と思えば、現世でもあの世でも極楽なのです。 地獄か極楽かなんて、貴方の意識次第なのです。

最後に、「終わりよければすべてよし」じゃありませんが、 たとえ今までの人生が、下らない糞みたいな人生だったとしても 人生最後の1年、1週間、いや1日だけでも、 幸せに包まれた日を過ごせたのならば、 それは「素晴らしい人生」であったと私は思うのですが、いかがでしょうか。

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