大学受験

お金くれるならもう一度やる

東大受験の思い出 2016年Ver.

この記事を書いているのは2016年1月16日、 センター試験の第1日目だそうです。

ニュースでやっているのを見て「そーなのかー」くらいの感想だったのですが、 よく考えてみたら私は東大を卒業しているし、 最近まで「英Tで不可を取って卒業できないぃいい!!(しかも舞台は本郷)」 なんていう夢をよく見てうなされていたしで、 久々に受験に関する記事を思い付きで書いてみます。

ちなみに受験生の役に立つことなんて書きません。 勉強もせずにこんなん見てたら頭おかしなるで。

もう一度やりたいぜ

上で「そーなのかー」なんて書きましたが、いざ解答速報とかをネットで見ると、 昔のあの感覚が蘇ってきて、またやりたいなんていう思いも浮かんできて、 「やっぱ俺は勉強(というより「受験」という点取りゲーム)が好きなんだねえ」 なんて思ってしまいます。

じゃあ実際にもう一回受験するかというと、 金にならないことはしたくないというのが本音であり、 現在私が休日抜いて1日に稼ぐ額が税引前で36000円程度なので、 36000×365≒1300万円くらい援助してくれるが人いるなら、 1年でどこでも受かってみせるぜ、という感じです。 (理Vと面接のある医学部は無理かも)

こんな感じで、受かる自信は充分あるけど現在は金の方が大事ということで、 10億円くらいの金を手に入れたら、 東大をもう一度じゃなくて高校時に負けっぱなしで終わっているQ大の理学部を受けるぜ、 ということであります。(そうなったら勉強報告を毎日アップしよう)

しかし実際に大学受験するとして、高校の卒業証明書は必要なのでしょうか。 大学の卒業証明書なら持っているので、これで勘弁していただけないのでしょうか。

東大の卒業証明書
2種類あるでよ。 右は卒業式の時にもらったやつで、左は5年前に教務課前の発券機から出したやつ。

当コーナーの過去記事を読み返した感想

たかが点取りゲームにご苦労なこった!

この際ぶっちゃけさせていただくと、 私的には東大入るための受験勉強より東大入ってからの勉強の方が大変だった。 朝の満員電車なんて特に。

東大卒の肩書は役に立つか

これはお金と同じことで、世界中の人々が 「お金なんて生きていくのに関係ない、いらない」と心の底から思うようになったら、 お金が只の数字や紙切れになるのと同じで、 少なくとも日本中の全員が「学歴なんていらない」と心の底から思えるようになったら、 東大卒の肩書なんて何の役にも立たなくなり、学位記なんて只の紙切れになります。

逆に言うとお金同様、「(本当は欲しいけど自分は持っていないから)関係ない」 という人が多数を占める現代社会では、まだまだ効果を発揮するものであり、 ことに、そういうのに囚われている人々には効果抜群だということです。

こう考えてみると、集団の無意識(盲状態)というのは面白いなぁなんて思えますが、 いざ肩書が不要になっても、東大卒なんて総じて情報処理能力が高いから、 別に肩書重視でも肩書不要でも変わらないんじゃないかとも思いました。

まあでも、極端な例を出すと、個人的に付き合う(一緒に仕事する含む)となったら、 ウマが合わない東大卒よりウマの合う中卒の方がええで。

結論

以上、下らないことを長々と書きましたが、結論といたしましては

  • もう一度受験するならQ大理学部物理学科。
  • 今思うと、受験勉強は点取りゲームに過ぎない。
  • 東京の満員電車は二度とごめんである。
  • 無意識の状態から目覚めよ!少なくとも自分の無意識状態に気付け。
  • 伊達政宗(もちろん横山光輝版)の最期の言葉じゃないけど「成そうと思えば必ず成る」というのが本当のところ。 受験だけでなくて人生全てにおいて。
  • もし今年落ちたとしても、もう一年やれば良いだけの話。金持ちになりたいならば、 モノを言うのは学歴云々よりも、そういう事態においても「余裕」を感じられるかどうか。
  • 上記の「余裕」は、100%でなくとも20%程度感じられれば充分。
  • タイトルは「東大受験の思い出」なのに、思い出についてちっとも語っていない。

ということでございました。

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