引き寄せについて改めて考える4

前回の記事

前回、「引き寄せで行き詰まったら悟り系にでも手を出せば良い」と書き、 「全てがただ『在る』だけ」 「最終的には『諸行無常』『ただ放っておけばおk』みたいになる」と書きました。

「祈り求めるものは〜」と聖書の言葉を引用しながら、 「諸行無常」と仏教用語が出てくるなんて、 俺の信仰心はガバガバじゃないかと思うわけですが、

今回はその続きみたいなもの。

全ては等しく、無常であり不変

悟り系を適当に進めていくと、

全ては無常であると同時に不変であり、 全てはかけがえなき尊いものであると同時に取るに足らないクソである、

みたいなこと、 つまり「全ては同じ(ワンネス)」的なことが段々と実感できてきます。

一体それが引き寄せにとって何の役に立つのか、という話なのですが、 この「全ては同じ」という「源」みたいなものこそが、エイブラハムシリーズで言われている 「ソースエナジー」であり、

第一回目に書いた通り、これが実感できてはじめて、 引き寄せ的な第一歩を踏み出したといえるのではないでしょうか。

もっと具体的に言うと、「これこそ自分だ」と思っている身体も思考も感情も移ろいゆく「飾り」に過ぎず、 それが実感できていれば、引き寄せ信者が陥りやすい「強迫的『良い気分』神経症」 「キラキラ☆ハッピー中毒」にはならないということです。

そして、思考や感情や身体も鉛筆や消しゴムと同じ「道具」みたいなもので、 思考は思考、感情は感情、身体は身体に過ぎず、 思考や感情や身体と自分とを同一化して囚われ苦しむことが少なくなる、

さらには思考や感情や身体はおろか、外部の出来事や他人等をいちいち重要視しなくなり、 結果として気楽に生きていけるというわけなのですが、この辺は実際になってみないと分かりません。

これらのことが、やれヴォルテックスだ何だと俗物化?する前のエイブラハム本には書いてあり、 私的には「全くその通り」と思うのですが、100%実感できているわけでありません。 (100%実感できているなら、生きているも死んでいるも大して変わらないので、 とっととこの世からオサラバしていると思う。多分)

要するに何が言いたいのかというと、願望実現に固執しすぎるとあまり上手く行かないので、 上記のことを実感して気楽になるとか、あるいはもう全部放っておくとか、 そういうことをした方が良いんじゃないか、というのが私の意見だということです。

※ただ、上記のことを実感できていなくとも、本を読んで真剣にやれば、 ブラック企業脱出程度は可能だというのが私の体験談。 あと受験については、引き寄せや精神修行なんかやるよりも筆記試験の勉強した方がよほど簡単で楽なので、 真面目に勉強した方が良い。

はじめは「気付き」から

というわけで、全ては等しいので、『フランダースの犬』を見て大爆笑することが可能であると同時に、 『ケツデカピングー』を見て感動のあまり涙を流すことも可能である、という話でした。

それでは、どうやったら上の状態になれるかという話ですが、 100人いたら100通りの道があるとは思うのですが、一番ポピュラーなのが「気付き」、 要するに自分の状態に気付くことだと私は思います。

お金、人間関係、健康etc...悩みのタネが何であれ、 悩み苦しむ「構造」というのは全部同じなので、その「構造」に気付こう、 気付けば「構造」にヒビが入るということは、 『ニューアース』の解説記事で散々書いた通りです。

詳しい話はここでは書きませんが、日々気付きを重ねていると、

自分の思考、自分の感情、自分の身体について、 「一体、この、頭の中でストーリーをでっち上げて苦しみ、硬直させてもがいている物体は何なのだろう」 みたいなことが実感できてきます (この辺は『ニューアース』の著者が、ある日閃いたのと同じかもしれない)。

一点注意していただきたいのは、「気付き」というのは本当に「気付くだけ」のことで、 「この思考はいけない!」とか「この感情はいけない!悪いものを引き寄せる!修正せにゃ!」 と思うことではない、ということであります。

こんな感じで、思ったことが思ったこと、感じたことが感じたことなので、 それらを押さえ込んだりせずに、「自分が今、何を考え何を感じているか」に気付けば良いわけです。

何か、話が引き寄せから段々とズレてきた気がするけど、今回はここまで。

次回に続く>>

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