数学苦手な人向けの話 数学とは概念である

もうすぐ大学入試のシーズンですが、 受験の心得等はこれまでの記事で大体書いてしまいました。

なので、今回話すのは「数学とは『概念』である」という、 数学が苦手な受験生に向けた話。

これは私が東大入学後、 哲学と並行して物理とかをやっていた頃に気付いたことなのですが 既にどこかに書かれている今更な話かもしれないし、 数学が得意な中高生なら既に分かっていることだろうけど、まぁ書いてまいります。

※散々書いてきたが、東大は文学部でも1,2年の間は数学や物理の授業が選択必修であるから 文科受験生諸君は楽しみにしておくように。今もあるのかは知らんけど。

「1」など実在しない

それでは「数学とは概念である」というのは一体どういうことかというと、 「数学とは実在しない、頭の中の出来事に過ぎない」ということ。

簡単な例を挙げると、 私が「『1』を持ってきた人には1000万円あげるで」と宣言しても、 「1」を持ってくることができる人は、地球上に誰もいません。

欲の皮を突っ張らせて紙に1と書いて持ってきても「紙じゃんそれ」となるし、 人差し指を立てても「指じゃんそれ」となるし、 粘土で1をこねても「粘土じゃんそれ」となり、 誰も純粋な「1」を持ってくることができない。

なぜなら「1」というものは概念にすぎず、形として実在しないからであります。

※「1」の形而下的実在を証明できたら、1000万円どころかノーベル賞やで。 あと「0」の実在を証明しようとしたら堂々巡りになりそう。

「1」でそうなのだから、 四則演算、sin、cos、∫、d、log、e、i、各種定義や定理などは言わずもがなであり、

こう考えてみると数学というものは、 イデア論やら純粋理性批判やら絶対矛盾的自己同一やらと変わらない、 実際には存在しない頭の中の出来事だということが実感できるのではないでしょうか。

※これは数字全般にいえること。65kgなんてものは存在しないし、 90km/hなんてものも存在しない。65kgの人体や90km/hで移動する車は存在するが。 後述するがカネも同じ。

数学なんて全て頭の中の出来事

で、何でこんなこと書いているのかというと、 数学に苦手意識を持っている人というのは概して、 数学を「実在する対象についての学問」だと捉えていないか?捉えているだろう、 と言いたいがため。

実在していると思い込んでいるから、-1*(-5)=5が理解できない、 複素数i^2=-1が理解できない、正弦定理や余弦定理が理解できない… だってそういうものがどういう風に存在しているのか理解できないから。

結果、「何でこんなものがあるの?意味がわからない」 とかいって頭がパニックになり 数学に対する拒絶反応を起こしてしまうのでしょう。

一方で、そういう人に「私たちが普段接している万物は『イデア』の複製に過ぎず、 『イデア』を想起することこそが人にとって真の認識である」 なんて話をすると、数学と同じく頭がパニックになるでしょうか?

おそらく「ふーんそうなの」くらいに思ってそれで終わりだし、 試験においても「イデア論とは云々…」と、本当に理解しているか否かは別として、 覚えたことを何の抵抗もなく答案用紙に書くでしょう。 だってこんなもの、ハナから絵空事だと分かっているから。

私が言いたいのは、数学もその絵空事、つまり概念だということであります。

数学が概念であると実感できると、 イデア論について「ああ、そういうものなの」と思えるのと同様に、 数学の各論についても「ああ、そういうものなの」と思え、 数学に対する苦手意識や拒絶反応も和らぐのであります。

※しかも、イデア論にはプラトンの、純粋理性批判にはカントの、 絶対矛盾的自己同一には西田幾多郎の主観が多分に含まれているため、 「何言ってんだコイツ、寝言は寝てから言え」となるのに対し、 数学はあらゆる主観を排して客観的かつ簡潔そのものなので、 哲学なんかよりも数学の方が学びやすいし、実在の世界にも応用しやすい。 今日の世を自然科学が支えているのはそのためである。

教育やカネのせい

じゃあ何で人は数学、 ひいては数字というものを実在するかのように思い込んでしまうのか。

これは初期の算数教育にて 「3つのリンゴのうち1つを食べたら2つになります」 などと教えられたのがケチのつき始めで、 これにより「数とは実在するもの」なんていう誤解が植え付けられたのではないかと私は考えます。

他には、日本は貨幣経済をとっている社会であり、 実際のところ「1000円」なんてものは存在しませんが、 1000円札や1000円の価値を付けられたものは存在するため、 あたかも「1000円」というものが実在しているかのように思ってしまうことも一因でしょう。

ともかく、本来ならばその後の小中高のどこかの時点で、

「3−1=2は概念にすぎず、実在しません。 実在するのはリンゴのみであり、 それを人間が頭の中で3−1=2とやっているだけ、 もしくは3−1=2という数式を実在のリンゴに演繹しているだけであります」

「君等が使っているのは1000円『札』や。 1000円なんてものは人間の頭の中だけにある話やで」

とか教えてくれれば、数学に苦手意識を持つ生徒は減ると思うのですが、 何で誰も教えてくれないのでしょうか? 開成や筑駒や麻布みたいな都会の進学校では教えてくれるのでしょうか?

寂れた田舎の小中高ではそういうことを教えてくれる教師なんて皆無だったし、 高卒の両親に哲学的な質問をしようものならキレて怒鳴られたり殴られておりましたが、 今更そんなこと言っても仕方ないし、そんな環境でも東大程度には進学できたので、 そこの君も下らない恨み言を垂れ流す暇があったらツベコベ言わずに勉強してマトモな大学に入ろう。

※ちなみに、各自然現象を数式という概念にまで抽象化させた、 もしくは自然現象から数式を抽出したのが物理だということは 賢明な受験生諸君ならばお分かりであろう。 物理も本質は数学と同じなので学び方は変わらないと思うで。

以上、「数学も哲学同様に頭の中の出来事なので、折り合いをつけて適当にやればよい」 という、私が普段考えていることのうちの1つを書きましたが、 あくまで私の経験に基づく話なので、これが正しいのかどうかは分かりません。

ただ、これを読んで数学に対する考え方が変わり、 見事志望校に合格してくれる人がいればと願いつつ、 今回はここまで。

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