解説まとめ『私は誰か?(Who am I?)』その11

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今回は第19問および第20問。

ぶっちゃけ、私的に大事だと思うのは次回の第21問くらいで、 あとは適当に流していきたいのですが

何が大事かなんて人それぞれでしょうからまあ書いてまいります。

第19問:無執着とはどういうことでしょうか?

何か「思考が起きたとき完全に消滅させること」なんてアンサーが書いてありますが、 ホンマかいな、そもそも無執着に拘るのも執着やろ、なんて思ってしまいますわ。 (これは後に出てくる第26問の「無欲」も同様)

なので「『悟る必要なんてない』と気付くのが本当の悟り」であるのと同じく、

執着なんてあろうが無かろうが何も変わらないことに気付くこと

というか、その「気付き」自体が無執着でしょう。

まあこの辺は次の質問で書かれているように、ひとりひとりが自分で気付くしかないですな。

第20問:神やグルは、魂の解脱をもたらすことはできないのでしょうか?

「道を示すだけ、実際やるのは各自各々」と当サイトで散々書いてきたのと同様の、至極真っ当な回答が書かれています。

これがインチキ教祖だと

「私に従えば解脱できます」とか「私の教えに逆らう奴は地獄に落ちる」とか 「俺のチソコ舐めるんだよ!この本に出ている雌豚みたいによぉ!」

とか言い始めるのですが、ラマナは真っ当な人だったようで安心しました。

でもこんなこと言ったら既存の宗教は全部インチキになるわな。

いや既存の宗教についても、オウムとか統一教会みたいなカルトを除けば開祖はマトモだったのかもしれないけど、 その開祖を持ち上げた周りの連中のレベルが低かったから、現在のような有様になっているのでしょう。

しつこいけど、やっぱり『かもめのジョナサン』第4章「真理レ○プ!虚像と化したジョナサン」に書いてある通りですな!

ということで、今回はここまで。

次回の記事:『私は誰か?(Who am I?)』その12

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