解説赤本2021

2021年の正月は特に行くところもなくやることもなく、 というよりコロナでどこにも行けず、 AbemaTVで鬼滅の刃やAKIRAを放送していたので、 それを垂れ流しながら読書をしておりました。

実のところ、紙の書籍はニューアースの英語版等数える程しか残っておらす、 あとは全部Kindleに移行して捨ててしまい、 最早新しい引き寄せ本やらスピリチュアル本はもう結構、 という現状であります。

※でも『はばたけ佑樹』は今も捨てずに持っとるで! 斎藤選手サイヤング賞めざして頑張ってください。

そのKindleの中に、昔買った『エイブラハムとの対話』通称「赤本」があって何故か読みたくなり、 鬼滅の刃を流しながら改めて読んでしまったので、その解説というか感想文を書いてまいります。

昔書いていた解説文はおろか、 その辺にいる絶滅寸前の引き寄せマスター()のコピペブログなんかよりも 段違いに分かりやすく書けるには書けるのですが、 傍からみたら、かなり「醒めた」感じの解説文になると思います。

本書の内容に入る前に、今回は前書きみたいなものを2点ほど書いてまいります。

思考は実現しない

まずこれ。皆さん実感している通り。

最近の私の例でいうと、「糸引きおじさん」が流行って欲しいと考え、 「糸引きおじさん」が流行っている様子をイメージしていましたが、 実際は「空前のチンなめブーム」という、 私の思いとは全く関係ないものが流行ってしまいました。

こういった話はとんだお笑い草で済むのですが、 多くの引き寄せ信者たちがやっていることは当ケースの私と全く同じで、 「金が欲しい」「男が欲しい」などと考えたりイメージし、 結果何の効果もなく、ただいたずらに時を費やしているという笑えない状況なのであります。

では何が足りないのかというと、私の人生経験から思うに、 今回紹介する赤本にも出てくる「信念」、 要は「〜なのが当たり前だ」という無意識レベルまで浸透した価値観みたいなものだと考えます。

私なぞは幼稚園の頃から馬鹿な両親に心身共に虐待されて色々悲惨な目に遭ってきましたが、 金だけはある家庭だったので、 「金に困るってどういうこと?」「金に不自由しないのが当たり前」なんていう信念が形成されており、 事実、人生で一度も金に困ったことは無いし、これからも困ることは無いでしょう。

また、ブラック企業にいた時も「東大卒の俺がこんな目に遭うなんて絶対におかしい」 「東大卒がこんなところにいるなんて自然の摂理に反する」 と当然のように考える信念があったからこそ、脱出できたのだと今は思っております。

よって「頭で考えただけでは実現しない。信念があってこそ実現する」 ということなのですが、

これらは先程書いた通り、私自身の人生経験から学んだことなので人と異なるのは当然であり、 「他人の文章なんか読んでも何も学べない。自分自身の人生経験が教えてくれる」 というのは赤本にもある通りで、 突っ込みドコロの多い本書の中でもこれは正しいと思える箇所であります。

あと、「思考は実現しない、信念があってこそ実現する」というのも信念の一つなので、 やっぱり各自各々が自分の人生経験から学んだ上で どんな信念を形成するかにかかっているのでしょう。

人生なんて大層なもんじゃない

お次は、引き寄せというと頻繁に出てくるテーマ 「虐待死した子供や天災で死んだ人等はその状況を引き寄せたのか?」 について。

有象無象の引き寄せマスター達がマトモに回答したところをこれまで見たことないので、 親切な私が代わりに答えてやると、「そうだよ(肯定)」ということになります。

※もちろん、引き寄せの法則というものが本当にあると仮定した場合。

「そんなバカな!子供は親に殺されることを考え、被災者は天災のことを考えていたのか!?」 と思う人が殆ど(私もそう思う)でしょうが、別に虐待や天災について言語化して考えずとも、 赤本の言葉でいえば、それと似たような「エッセンス」を発していたから 外部の状況がそれに呼応したということなのでしょう。

ここで私が言いたいのは、引き寄せの法則が実在するかどうか、 虐待や天災で死ぬのが悲惨かどうかではなく、 「人間の一生、誕生から死、ましてやその間の出来事なんて人間が考えているほど大層なもんじゃない」 「なので引き寄せの法則とやらで不幸になったり死んだりしても別にいいじゃん」 ということ。

事実、人間の生き死にについて深刻ぶってギャアギャア大騒ぎしているのは人間だけで、 「宇宙の視点」で考えてみると、 ミジンコが100万匹死のうが人間が100万人死のうが大した差はないでしょう。

こんなことを書くのは別に嫌なことがあってヤケのヤンパチになっているわけでもなく、 鬱状態で厭世観に囚われているわけでもなく、 ましてや何か変なクスリをキメているわけでもなく (3年以上前から全くのシラフで生きているというのは以前書いた通り)、

他に良い譬えが見つからないので挙げてみると、 『火の鳥鳳凰編』での我王の台詞 「生きる?死ぬ?それが何だというんだ。宇宙のなかに人生など一切無だ!」 というような心境が昨年来ず〜っと続いているから、

もっと俗な「なんでも実況Jリーグ」的な譬えをすると 「(他人どころか自分自身に不幸な出来事が起きようが死のうが)俺は嫌な思いしてないから」 だからとしか言いようがなく、いっぺんこの境地になってみればそこのあなたも分かる話です。

※ただ、やっぱり虐待で死んだ子供の話とかを見聞するといたたまれない気持ちになるので、 完全には「宇宙の視点」にはなれない、つまりエゴが完全に消えることはないのだろう。 あと、何でこんな心境というか境地になったのかは、私自身は分からない。 分かっていたら1人100万円くらいとって教えてる。 心当たりといえば、某クレイアニメの原作となった動画を見て「気持ちワリーーー!!ウヒャヒャヒャヒャヒャ!」 と笑っていたことくらいなので、気になる人は見てください!

そんな感じで(どんな感じだよ)、引き寄せの法則があるのかないのか知らんけど、 でもそれにしたって酷いよな、実現してほしいことについては努力が必要なのに、 実現してほしくないことは努力など関係なしにやってきちゃうなんて、 などと思ってしまいますが、人間は不幸体質がデフォなのかもしれないし、 これ以上考えたところでどうしようもないのでこの辺にしときます。

以上、こんな調子で本編に入っていきますが、今回はここまで。

次回に続く>>

...

ページのトップへ戻る